六本木でSEEイッキミ。そして原作本(もちろん瀬田訳)再読。
六本木で13時間かけて、SEEをイッキミしてきました。
最近また本を読み返しているのですが、やはり「映画と原作は別物」です。
映画から入った私ですが、本は本で別物として好きです。

別物を決定づけるのが、フロドの旦那がイライジャ・ウッド!誰が想像できましょう!?旦那度低いですよ。かといって、旦那度重視して、もっと中年の俳優だったら、、、いや~ん、想像もしたくないです。イライジャ・フロドもいいんです。

ところで、この映画のキャストの中で一番好きな俳優はヴィゴ氏かなー、とイッキミしながら何度も思いました。一番ドキっとするのが、角笛城の扉を押し開けて入ってくるシーンです。(全般にヨレヨレ姿が素敵♪)ヴィゴ氏がアラゴルンでよかったです。
王様論が色々あるから、余計かなー。王様論は奥深すぎて、もうそっとしておきたいのですが、「原作と別物」を際立たせているのはアルウェン関係だというのはどう転んでも否定できない事実のようです。それに加えて、エオウィンがアラゴルンに恋しちゃうというのも大袈裟に描きすぎかと。数少ない女性の登場人物とアラゴルンの恋物語は、本筋の指輪を捨てに行く話と一緒に語る必要はありません。再認識。

映画アルウェンに対する意見を色々聞いてますが、それに賛同を決定づけるのが、グロールフィンデルが登場しないこと。彼を登場させれば、アルウェンのお上品さをアップさせることができるのです。しかし、エキストラエルフの描写も、これまた問題あり(バッタモンエルフ・笑)な訳で、エルフについて映画に完璧を難しいところですな。

サムは原作のが断然好き!!映画のサムも好きですけどね。フロドがイライジャ、サムがショーン・Aって配役も影響してるのですが、旦那と庭師(それも旦那を尊敬し愛する庭師)という関係が薄いのが残念。「ですだ」調に象徴される原作の(あ、正確には瀬田訳の)素朴で純粋で一途なサムが好きなのに。

あ、瀬田訳との比較でいうと、各人の一人称・二人称も引っかかるところです。
サムの一人称は「おら」に脳内変換してます(笑)
日本語の長所であり欠点でもある、豊富な人称。
私、僕、わし、おれ、あなた、お前。。。色々あったけど、一々は覚えてません(基本的に好きなように脳内変換)。けど。サルマンがガンダルフに「お前」って言ったのには違和感。ボロミアとアラゴルンの会話でも「えっ!?」って思ったところがありました。
吹き替え版は、ゴラムが「おれ」と言ってませんか?サムも「おれ」?吹き替えだと脳内変換ができないので、一度見たきりです。
そうはいっても、字幕論も奥深すぎるので、これ以上はそっとしておきましょう。

うむむ。超大作すぎて、話があっちに行ったりこっちに行ったり。自分でも何が言いたいのかよくわかりません。すみません。
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by peregrina | 2005-08-21 00:17 | ちょっと脇道
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